ナポレオンはフランス革命の時流に乗って

皇帝にまで上り詰めたが、彼が鼓舞した諸国民のナショナリズムによって彼自身の帝国が滅亡するという結果に終わった。

一連のナポレオン戦争では約200万人の命が失われたという。

その大きな人命の喪失とナポレオン自身の非人道さから国内外から「食人鬼」「人命の浪費者」「コルシカの悪魔」と酷評もされた。

軍人、小土地自由農民とプチブルジョワジーを基盤とするその権力形態はボナパルティズムと呼ばれる。

ナポレオンによって起こされた喪失はフランスの総人口にも現われた。

以後フランスの人口は伸び悩み、イギリス・ドイツなどに抜かれる事となった。

1831年には、フランス軍の夥しい喪失からフランス人からの徴兵は止めて多国籍によるフランス外人部隊が創設される事になった。

ナポレオンの後に即位したルイ18世とその後のシャルル10世は、ナポレオン以前の状態にフランスを回帰させようとしたが、ナポレオンによってもたらされたものはフランスに深く浸透しており、もはや覆すことはできなかった。
update:2010年02月25日